2012年11月5日月曜日

糸屋の娘


 むかしのこっちゃ。
 このあたりの村人らは、綿から糸をつむいで布を織ってくらしていたんや。
 この村にな、糸屋の藤兵衛ちゅうもんがおって、まあ働きもんやったさかいに店はよう繁盛してたわ。
 けんどたった一つ悩みがあってな、それが子宝に恵まれへんのやがな。
 藤兵衛夫婦は、九郎五郎池の近くにあるお宮さんに、そらもう毎日毎日お参りしてな、
 「どうぞわしら夫婦に子どもを授けておくんなはれ」と祈ったんや。
 ところがや、なーんぼたっても子どもは授からへん。藤兵衛はとうとうあきらめてしもうてな、糸屋の仕事に精だして働くことにしたんや。
 そんなある日や、藤兵衛の店の前で子どもの泣く声がするやないか。あわてて出てみると着物をびしょびしょにぬらした女の子が一人しょんぼり立っているがな。
 「これはひょっとしたら神さんがわしら夫婦をふびんに思うて子どもを授けてくらはったにちがいないで」
 藤兵衛は喜んで娘を育てることにした。お絹という名をつけてな、それはもう目に入れても痛うないほどかわいがったそうや。 
 お絹はきりょうよしで気だてもよかったさかい、村の若い衆が、ぎょうさん婿にしてほしい言うてきたがな。なーんぼ言うてもお絹は首をふるばかり。
 「若い娘がいつまでも一人でおるて、そりゃどういうこっちゃ」
 藤兵衛はきつう聞いたんや。するとお絹はかんねんしたか、
 「長いあいだ娘と思いかわいがっていただきましたが、私は九郎五郎池にすんでいた大蛇なのです。だれのお嫁さんになることもできないのです。どうか私をあの池に返して下さい」
 と泣きくずれたんや。するとや、みてるまにお絹の姿は大蛇に変わりよった。藤兵衛夫婦はびっくりぎょうてん、腰をぬかしてしもうたがな。
 「今まで我が娘と思うてここまで大っきしてきたのに・・・・」
 と泣く泣く大蛇を池に帰してやったんや。

(注) 九郎五郎池は「けあぱる」の裏にある。

出典:富田林民話・総集編 p25-26

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